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PRESS

BASS MAGAZINE 2001年 2月号
(リットーミュージック:刊)

YoTsuya Teion Club
四谷低音倶楽部

Letters〜コレクター小松のアルバム紹介

今回は邦人アーティストを2枚紹介しましょう。 まずは、TAMMY今井の[The Statue Of Liberty」(Salem Music SMPP-2049)を紹介します。この名前を聞いてピンと来る人は、BM読者には少ないかもしれません。70年代から活動しているベテランで、そうる透やジョニー吉長、李世福らと活動していたベーシストです。M@はベース・ソロをフィーチャーした曲で、ジャック・ブルースやティム・ボガードを思い起こさせるところもあって、日本にもこんな人がいたなんてと驚かされます。MA以降はブルージィな曲が多く、歌詞も曲も60〜70年代そのものといった趣です。この雰囲気がイイと言う人と、あまりにも当時の雰囲気すぎると言う人と、賛否が分かれるところかもしれません。しかし、このCDを聴いたなら、彼が素晴らしいベーシストであることに異論を唱える人はいないでしょう。それよりもなぜ今まであまり知られていなかったのかが不思議です。とにかくブルース・ロックやジャック・ブルース、ティム・ボガードなんかが好きな人、それ以外の人も一度聴いてみてほしいアーティストです。

Bay MA 2000.Jun.Vol.45

横浜的音楽事情

「横浜のミスターロックベース」
タミー今井

文・椙江茂起(セブンスアベニュー)

1950年の横須賀で、米海軍水兵と日本人女性の間に生まれたタミー今井は、まさに日本のロック黎明期から今日に至るまで、ここ横浜でベースギターとロック魂を抱きながら生きてきた代表的なミュージシャンと言えるだろう。
68年にベトナム戦争景気に沸く横浜や横須賀の米兵相手のクラブなどでプロとしての活動を始め、71年には、当時在籍していた『ゴーイングマイウェイ』が、反戦運動のために来日した米女優ジェーン・フォンダの横須賀コンサートで前座をつとめるまでに至った。その後、『李世福グループ』『シーダーポイント』『南無』など、当時の横浜の中心的バンドで活躍し、80年に李世福と再結成したバンドが『李世福コネクション』へと発展していく。
10代から20代にかけては、ジャック・ブルースやティム・ボガードの、30代くらいからはジャコ・パトリアスなどの指使いから音作りまで、ありとあらゆることを研究し尽くしたという。主に使用するベースはフェンダージャズベースと日本では珍しい米製ペドゥーラ、83年の《横浜ルネッサンス》、84年の《罌粟花》などの『李世福コネクション』のアルバムでは、タミーのギンギンなプレイが堪能できる。
13歳でギターを始め、18才でプロに、そしてこの2000年には50才を迎えるタミー今井は、横浜のみならず、日本のロックシーンにその足跡を刻んできた。「やり残している事がある。俺のアルバムを作りたい」。彼の“ロック魂”がほとばしる初のアルバムがこのほど完成した!
出だしは、打ち込みとタミーのベースだけの曲《ディアークリスト》。レコーディング中に亡くなったアメリカの父に捧げているこの曲から始まり、『李世福コネクション』でもお馴染みの《I HAVE TO FORGET》で締め括られている。8曲全てがオリジナルで、タミーはボーカルも担当。アルバムには、『ホットツナ』へ加入したシゲミ小宮山、おなじく『ヒロシマ』で一世を風靡したマイケル佐々木、そして中村裕介ら多くの実力派ミュージシャンが参加している。
この《The Statue Of Liberty》では、タミー今井の絶妙なベースサウンドが勉強できてしまう。特に若いベースプレイヤーに聴いてほしい一枚だ。

CD ジャーナル

TAMMYは、68年に横須賀ドブ板通りで演奏活動を始め、ベトナム反戦運動で来日したジェーン・フォンダのコンサートのオープニング・アクトを務めたベースマン。本作は李世福、ジョニー吉長、そうる透、鈴木亨明などと活躍してきたTAMMYの長いキャリアから生まれた初のリーダー・アルバムで、小気味良いロックンロールとエキサイティングで骨太なベース・プレイがぎっしり。なお、横須賀時代からの音楽仲間、Shigemi小宮山、Michael佐々木とのシスコでのセッション、李世福コネクション時代の未発表音源も収録。
(鈴木勝生)

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